2017年4月のドラマでは
このCRISISと「フランケンシュタインの恋」がダントツと思う。
毎回二度三度とみて楽しんでいる。

特にCRISISは、平日夜九時の時間帯でフィルムノワールである。
感慨深い。

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フィルムノワールとは犯罪映画の1ジャンルで、
主人公が通常とは違う独特の倫理観を持っていて
それゆえ、閉塞感や退廃が画面を支配する。
仲間同士の友情と裏切り、男の人生を救うようでいてどん底に突き落とす女など
ともかくバッドエンドなど構成なのだ。
最近では「インファナルアフェア」だ。
ノワールは夜という意味だが、深夜時間帯ならフィルムノワールかというとそうでもなくて、例えば、「湯けむりスナイパー」は設定こそノワールみたいだが実体はコメディだ。

で、CRISISだが初回出だしから圧倒する。
新幹線内でのキレキレのアクション。
よくあるアクションではない。
狭い車内での非常にタイトなアクションだった。

限られた条件の中で持てる技術を駆使して
集中して目的を達成する。

そして、犯人にメッセージを伝える。
例えば、人質に爆薬をセットし、その爆破スイッチを持っていた犯人に
「あんたの間違いはさっさとスイッチ押さなかったことだ」

この感覚。
この感覚がこのチームの根本だ。

彼らは正義を相対化している。
この社会が底抜けであることを確認している。
だから、警察が正義で犯罪者が悪であると決定してはいない。
そこが揺らいでいるところが彼らの真情だ。

この出口なしの閉塞感と
それでも日々、何かを判断し、選択しなければならないこと
その苦しさを、視聴者は共有するのだと思う。
なんだかんだと特捜班のそれぞれに感情移入して
涙をこぼしたりする。
説明的なセリフは一切なく
絵で見せていくのも見事で

その結果、二度三度と見ることになる。

だが、第7話でそこに亀裂が入った。
いや、そうではないのかもしれないが、入ったと私は思う。

それが平成維新軍という子ども達の登場だ。
この平成維新軍というのは第一回から登場していた。

第1話のメッセージ

国家は、善と悪についてあらゆる言葉を使い、ウソをつく。

国家が何を語っても、それはウソだ。

国家が何を持っていようと、それは盗んだものだ。

もうウソにはうんざりだ。

我々はウソをつかない国家を作る。

それはつまり、

人民から何も盗まない国家でもある。

そのために我々は直接行動に出る。

ウソをつき、私腹を肥やす政治家や官僚に、

我々は戦いを挑む。

そして、この戦いは我々が根絶やしにされるまで、

終わることはないだろう。

            平成維新軍

 第7話のメッセージ

再び我々の真意を行動で示す時がやってきた。

今回、我々はこの国のシステムに

公平と平等をもたらすための

第一歩を踏み出すつもりである。

かつて、フランスの革命家はこう言った。

平等はあらゆる善の根源であり、

極度の不平等はあらゆる悪の根源である、と。

三日後の六月九日午後一時に

我々が悪の根源の一端を取り除いて見せよう。

力なき大衆たちよ、刮目せよ。

              平成維新軍 

平成維新軍とは高校生を中心メンバーとし
実動テロ部隊を持つ集団だ。
ここで攻撃や呪詛の対象となっているのは国家であって
彼らは「この国の未来のために」を合言葉とする。

この感覚が私には理解できない。

今の子ども達は、もっとよくわかっているのではないか。
もうどうしようもないことを。
正義など実現できないことを。

第2話で登場した少女買春の少女達は、
家に絶望し、自分たちを買う「偉い」大人に絶望し、
ただ二人だけで生きることを希望した。

特捜班のメンバー達も、その組織を暴くことができず(直接にはその組織が政権に食い込んでいるからだが、例えその組織をあげても、別の組織ができるだけで、問題解決にはならない。)それよりは、その組織を監視しつつ、少女達の治療費、生活費を組織から引き出すことの方が有効という「大人の判断」を受け入れるのだ。

これが今の社会の構造で、この構造は一度や二度のテロでは動かない。いや、何度のテロでも動かない。そのことは歴史に明らかだ。だったら、そこから出るか、ごく狭い目の前だけを見つめるしかないのだ。
子ども達はそのことをわかっていると私は思う。

そして、出口が見つかったら、その時、一緒に行く人間関係を持っていれば出て行く。
それが少女買春の二人だ。

なぜ維新軍と称しステロタイプな正義感で国の未来などにエネルギーを傾けるのか。
そこがわからないのだ。

特捜班は、その絶望を共有する集団だ。
だからこそ、今回も実行犯にいう。
「お前がまた自由になった時、あいつがまだ嫌な奴なら、その時もう一度狙えばいい」
そうだ、一人一殺的なテロ行為なら納得が行く
そうではなく「軍」という国家に対する行動は
どうにも今の子どもに馴染まないのだ。

彼らは、格差を指摘し、同じスタートラインに立てないことを弾劾した。
それなら、もっともっと多様なスタートラインを引くことが重要だ。
同じスタートラインそのものの虚しさを知っているのが子どもではないのか。

もし、多様なスタートラインという提案を持たないのなら、
石のようにうずくまるという見せ方もあるだろう。
何もしない子ども、子どもゼネストだ。

あと4話で終わるが、その中で
彼らを先導したよくない大人がいて
彼らがその大人から解放されて
維新軍ではなく遊撃隊になっていくことに期待したい。

子どもの力を変革に流入するなら
ゼネストか子どもええじゃないかである。
フラッシュモブとか。

本当に面白いドラマだから、 
そういうこと考えて欲しかった。
子どもをステロタイプな主張に使って欲しくなかった。

とても残念。
そう言いながら、今回もすでに3回見てるんだけど。

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今日見たドラマ

ひよっこ、こころ、やすらぎの郷、あなたのことはそれほど
シカゴ・メッド ER4最終回 

で、huluでセッションを視聴
いやあ、素晴らしかったな。
これがあるからこそのラ・ラ・ランド でしょう。
セッションと ラ・ラ・ランドはセットで往復になってる作品だと確信。
セッション抜きでラ・ラ・ランドは語れません。
是非是非オススメ。